技術士さいたま

2014年08月20日

どうしろと言うんだろう?

 

子供の頃から今に至るまでずっと疑問に思っていたことがある。

 

「犍陀多」と「杜子春」に、

一体どうしろと言うんだろう。


思い出すのは、

「意思の疎通が欠けていたようだ」(原文:What we've got here is failure to communicate
映画 『Cool Hand Luke』(邦題 暴力脱獄)でルーク・ジャクソン(ポール・ニューマン)が語ったセリフである。

劇中で、逃亡中に教会に逃げ込んだルークが神様に向って、
『俺も確かに悪かったが、あんたもちょっとひどくないか?』 的に一人で呟くシーンである。

 

by   Hot Hand 独楽助

posted by GS法人 at 21:45 | Comment(0) | 言葉

2014年01月21日

記憶力

by 劣等生の独楽助

 

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この記事は、私のブログ メタルマン からの転載です。

posted by GS法人 at 12:34 | Comment(2) | 言葉

2014年01月18日

心に残る言葉(1) 中庸 メルマガで教えられる。

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メールマガジンをいくつか講読しています。
頻繁(ひんぱん)に記事を発行することはたいへんなことだと思います。
しかも、中身が濃いものも多くあります。
メルマガの価値、位置付けを重視しているのだと思います。

そのなかで、言葉の意味を考えさせられるメルマガ記事に感心させられました。

「中庸」という言葉を扱ったものです。

中庸(ちゅうよう)には色々な意味がありますが、自分にとっての中庸は大事なことばです。
なぜなら、生きて行く指針でもあるからです。
何かを判断しなければならないとき、極端な考えの中程を選べば失敗は無い。
目立ち過ぎも良くないし、消極的すぎても良くない。
簡単に例えるなら橋の中心を歩くということでしょう。
橋の端を歩めば、強風や地震で落ちることがあっても、中程なら余裕があります。

要するに、まあなんとなく、中庸は正しいように思っているわけです。
自分の判断基準の一つとして、意識下にも刻み込まれたであろう重要な言葉であるわけです。

ところが、メルマガを読んだことで、中庸という基準自体が大きく揺らぐことになってしまいました。
いわく、「昼間の中庸は正午だけれど、 一日の中庸は朝か夕です。 中庸は一定では無い。」

なるほど、漠然と中庸とひとくくりにしていたけれど、中庸は端から端の間。
端が決まらず、あるいはわかっていなければ中庸も決まりません。
橋の、端から10mも離れれば、端に近くはないだろうと考えても、幅10kmの広い橋であれば、10mなどは極端(ごくはし)です。

中庸がわからなくなってしまいました。
困ります。

しかし、こうも考えられます。
中庸がわからないような大きな考えを持って行動すべきなのかもしれないと。

中庸ということにこだわって自分の可能性を小さなものにしてしまっているのではないか。
中庸を知るということは、両極を知ることであって、正しく物事を捕らえていることではあるが、想像できる範囲に閉じこめてしまっているとも言えます。

年の始めにして、考えを広く、高く、大きく捕らえることを学べと教えられたような気がします。

 

GS法人 Yazawa
┌─────────────────────
一般社団法人 技術士さいたま ( GS法人 )
http://gs-ipanshadan.jp/

posted by GS法人 at 16:22 | Comment(2) | 言葉

2013年12月30日

笑顔

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ここ数年「アベノミクス」も何のその、少なくとも私の周りの一般庶民の生息域で日頃徘徊する中年以降の人々の姿は「地味なアースカラー系」の服装が多くを占め、顔付きも笑顔が少なく一杯一杯の顔、即ち余裕や自信というイメージはほとんど感じられない場合が多い。

かく言う私も傍目には「ショボくれたオッサン」に過ぎず、ほとんどニコニコした状態でいることもない、そんな仏頂面の蔓延するこの世の中であるが、
先日ささやかではあるが嬉しい光景を見た。

それは、久しぶりに妻と二人で、近所に出来た大型ショッピングモールへ衣料品を買いに出掛けた際、あの「Uクロ」店内で買い物をする多くの家族客の様子から感じ取れた事である。

割安感が売りのUクロであるから勿論「高級品」や「ブランド品」のお洒落用の衣類ではなく普段着的な物が多いのであるが、
子供連れの家族客達の顔を見ると、なんと殆どか予想に反しニコニコ顔である。

今、可愛い子供を寒さから守るために、一番必要な物を買うことが出来て満足している笑顔なのだろうと思った。

この厳しいご時世ではあるが、物の本質や本当の価値というものを再考する絶好の機会と捉えるべきかも知れませんね。

私が何を買ったかって?
可愛い妻に見立ててもらって「コート」をUクロの隣のRイトオンで購入致しました。
勿論笑顔でネ("⌒∇⌒")。


by独楽助(携帯から)
posted by GS法人 at 17:40 | Comment(1) | 言葉
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