技術士さいたま

2014年01月18日

心に残る言葉(1) 中庸 メルマガで教えられる。

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メールマガジンをいくつか講読しています。
頻繁(ひんぱん)に記事を発行することはたいへんなことだと思います。
しかも、中身が濃いものも多くあります。
メルマガの価値、位置付けを重視しているのだと思います。

そのなかで、言葉の意味を考えさせられるメルマガ記事に感心させられました。

「中庸」という言葉を扱ったものです。

中庸(ちゅうよう)には色々な意味がありますが、自分にとっての中庸は大事なことばです。
なぜなら、生きて行く指針でもあるからです。
何かを判断しなければならないとき、極端な考えの中程を選べば失敗は無い。
目立ち過ぎも良くないし、消極的すぎても良くない。
簡単に例えるなら橋の中心を歩くということでしょう。
橋の端を歩めば、強風や地震で落ちることがあっても、中程なら余裕があります。

要するに、まあなんとなく、中庸は正しいように思っているわけです。
自分の判断基準の一つとして、意識下にも刻み込まれたであろう重要な言葉であるわけです。

ところが、メルマガを読んだことで、中庸という基準自体が大きく揺らぐことになってしまいました。
いわく、「昼間の中庸は正午だけれど、 一日の中庸は朝か夕です。 中庸は一定では無い。」

なるほど、漠然と中庸とひとくくりにしていたけれど、中庸は端から端の間。
端が決まらず、あるいはわかっていなければ中庸も決まりません。
橋の、端から10mも離れれば、端に近くはないだろうと考えても、幅10kmの広い橋であれば、10mなどは極端(ごくはし)です。

中庸がわからなくなってしまいました。
困ります。

しかし、こうも考えられます。
中庸がわからないような大きな考えを持って行動すべきなのかもしれないと。

中庸ということにこだわって自分の可能性を小さなものにしてしまっているのではないか。
中庸を知るということは、両極を知ることであって、正しく物事を捕らえていることではあるが、想像できる範囲に閉じこめてしまっているとも言えます。

年の始めにして、考えを広く、高く、大きく捕らえることを学べと教えられたような気がします。

 

GS法人 Yazawa
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posted by GS法人 at 16:22 | Comment(2) | 言葉
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