技術士さいたま

2013年11月04日

奄美大島(5)

昨日は13:00〜『コラボさいたま2013』出展の為の打合せが行われました。
GS法人の「実行委員会」メンバー達と参加企業による最終打合せであります。これまで委員長のN村さんとA刀田さん、N理事長により(緻密でありながら尚且つ柔軟・大らか(笑)な、そして何より前向きな姿勢で、細かな手続きや手配を熟(こな)して頂いた結果、
昨年を遥かに凌ぐ、素晴らしい盛り上りで本番に突入です!

やはり「蒔かない種は生えない」「千里の道も一歩から」
技術の鎧を身に纏い、輝ける鋼鉄の巨人となって、立ちはだかる困難に立ち向かいましょう!

PS.昨夜はYさんの想像を絶する?楽しすぎる歌も拝聴出来、今朝は少々疲れ気味(笑)ですが、
もう一丁「南方系」で頑張って出展準備を整えようと思います!


いよいよ、S也の家族との初顔合わせの時だ、人見知りの私には緊張のピークなのである。

玄関を入ると、お母さんが笑顔で出迎えてくれた。
丸顔でとても優しそうな人なので、挨拶をして一安心なのだ。

ん〜? しかし、細面で今で言うところのイケメンのS也には全然似ていない。

なぜだろう、きっとお父さんに似ているのだろう。大きなお世話なのだが、やはり気になるのだ。

家に上がり込み、くつろいでいると、今度はS也の2つ年上のお姉さんが帰って来た。

挨拶しながら顔を見ると、お姉さんはお母さんのように丸顔で優しそうだが、美人なので、ハッキリ言ってお母さんにはぜんぜん似ていない(お母さんごめんなさい<#SMILE>)

顔の輪郭はお母さん似で、きっと顔の造作はお父さん似なのだろう。多分そうなのだ!それしかないのだ。これもまったくもって大きなお世話なのだが。

こうなると、緊張の糸もだいぶ延びて余裕が出てきたので、お父さんの帰宅が待ち遠しくなってきた。

一休みできたので、S也姉弟と私の三人で、近所の海岸などの散策に出掛けた。

image

外は抜けるような晴天。
南方系なのである!

つづく 予定

posted by GS法人 at 07:49 | Comment(0) | 奄美大島

2013年11月03日

奄美大島(4)

南方系の木々に覆われた山道をバスに揺られ、すっかり奄美人(あまみんちゅ)気分になりきった頃、目的地の瀬戸内町古仁屋に到着。

終点から1つ手前のバス停で降りて、平屋建ての家並みを抜けて行く。

奄美の家々は、周囲を石や珊瑚の塀に囲まれていて、皆平屋建ての屋根の軒が塀より低くまで降りている。
これは台風の襲来が多い地域であるため、台風の強風に直撃されて屋根が飛ばされないように、塀に当たった風がそのまま屋根の上を吹き過ぎるようにしてあるのだ。

また、あちこち路地の十字路には2メートル位の木の棒が立て掛けてある。
S也に何かと訪ねると。その棒の名は「用心棒」だと言う。

何の用心かというと、島に多く生息している『ハブ』が出てきたら、その用心棒で叩き殺し、二度とこの世に出てこられないように、十字路のど真ん中に穴を掘って埋め、そこを通る人皆で踏みつけ、踏み固めるとのこと。

image

S也によるともっと昔は、夏に外で夕涼みをしてから帰宅し寝床に入ろうとしたら、蒲団の中にハブがトグロを巻いていたとか、トイレの中にハブがいたという話を聞いたことがあるそうである。

けっこうスゴい所へ来てしまったのだなぁとビビり出した頃、やっとS也の家に到着したのであった。

まだ つづく 予定

by 独楽助(携帯から)

posted by GS法人 at 22:45 | Comment(0) | 奄美大島

奄美大島(3)

GS法人のブログに、内容の気品等に関してお叱りを受けるのではないかと内心恐る恐る投稿してみましたが、
先程GSのYさんから了解の御墨付きを頂きましたので、とりあえず続行してみます。

 

そんなこんなで、S也と私が無事に往路の船旅を終えようとしている頃、

就職活動で出発が3日遅れになったもう一人の友人T彦は一人、我々を追いかけるように晴海でA-Lineの船に乗り込んだのである。

T彦は、私よりはずっと積極的な、スクラムハーフをやっているラガーマンで活動的な奴であったが、好き嫌いが非常にハッキリしていて、結果としては人見知りな私と同じように、S也と一緒でないと、初対面の特に女の子とは、なかなか知り合って仲良くなることができない奴なのであった。

しかし、本当のところ初めての航海を終えて、常春の奄美大島 名瀬港に上陸した私は、見るもの全てが新鮮で、心配すべきT彦のことはすっかり忘れていたのであった。

名瀬市(現在は 奄美市)から瀬戸内町にあるS也の実家までは、鉄道の無い奄美大島を縦断するようにしてはしる国道58号線をバスで南下し、60qほどの道のりを一時間半ほどかけて行ったと記憶する。

名瀬を出発すると、ほどなく木々の繁る山道状態になり、しかも生えているのがほとんど南方系の木々で、景色がそれまでの国内の旅行で経験したものとは全然違うのである。

image

これも後に気付くことになるが、違うのは本当は、木々の景色だけではなかったのである。

ただこの時、私は気分はもう完全に「南方系奄美んちゅ」になりきっていたのである。

by 独楽助

posted by GS法人 at 17:04 | Comment(1) | 奄美大島

2013年11月02日

奄美大島(2)

image

やがて日も西に傾き、話しも尽きて来た頃、姉妹は両親の待つ個室船室へ、我々二等学割組は巨大な穴蔵のような船底へ、それぞれもどったのであります。

前記事に書いたように、内容は忘れたが間違いなく何らかの夕食を取り、恐怖の雑魚寝タイムへとつづくのである。

神経質だった私は、典型的な「枕が変わると眠れない」タイプで、予想通り周りが寝入り寝息やイビキをかき出しても、目がパッチリであった。

おまけに、周りから腕や脚が載ってきたりして、益々眠れたものではなかった。

それでも疲れていたせいか、いつの間にかウトウトして、気付くと非常に眠い朝になっていた。

あまり眠れなかったのであるが、当時すでに、5000dクラスの船には「横揺れ防止装置」が付いていて、天候にも恵まれ、お陰で揺れはほとんど気にならず、船酔いに悩まされることもなかった。

あとで分かることであるが、これは大変な幸運だったのである。

名前も忘れてしまった姉妹であるが、今でも私のアルバムの中では優しく笑っていて、あの時可愛いと思ったあの笑顔は
時を越えて、やはり同じ輝きを放っているのである。

by  独楽助(携帯から)

posted by GS法人 at 22:01 | Comment(0) | 奄美大島

奄美大島(1)

ここ数年、両親や友との別れが重なり「限界」とか「仕方ない」「どうしようもない」といった事に直面し、なす術も無しといった心境が多くなったようなので、そんな事は全く想像もしなかった頃の事を書いてみようと思います。

あれは昔々の8月6日、
大学の夏休みで、奄美大島に里帰りする友人のイケメン「S也」に同行して、東京の有明からA”Line(海運会社の社名は大島運輸だったと記憶)の船の2等学割(大部屋船底船室、毛布だけの雑魚寝)に乗り込み、たしか40時間程かけての船旅であった。

私には初めての船旅、有明を出港し暫くすると、船室内の澱んだ空気に心持ち息苦しさを感じ、旅なれたS也と甲板へと向かった。

甲板に出ると澱んだ空気からは解放されたが、今度は海風が体にまとわり付きベタベタする。
しかし、初めての海原は広く心弾む思いであった。

しばらく海に見とれていたが、ふと気が付くと、海水の色が劇的に変わり、濃くしかも透明感のある紺碧の世界となり、引き込まれそうな感動に包まれたのである。

1日半以上の船旅、間違いなく4〜5回は食事をしたはずだが、不思議なことになぜか何を食べたのかまったく記憶がない。きっと、残念ながら大した食事ではなかったのだろう。

覚えているのは、たまたま同じく帰省するS也の同級生に会って合流したこと。

また、家族で帰省中の初対面の姉妹と知り合い、一緒に海風に吹かれながら、遥かな海を望み他愛もない話に花が咲き何時間も過ごしたこと。

人見知りで引っ込み思案だった私でもS也と一緒だと、大体何処へ行っても女の子とすぐに仲良くなれるのであった。

イケメンのS也が、さしずめ「寄せ餌」といった働きをしていたのだろう。(笑)

by   独楽助(携帯から)

 

A LINE船

posted by GS法人 at 09:53 | Comment(0) | 奄美大島
カテゴリ
最近の記事



Copyright © 2012-2015 Gijutsushi Saitama All Rights Reserved.