技術士さいたま

2013年11月19日

奄美大島(9の1)

S也の家族との対面も完了し(長兄・次兄は本土で就職している為)、

いよいよS也の言うところの「料理の下手なお母さん」が腕を奮った?夕食との対決(-_-;)いやいやご対面である。

まずは、オリオンビールと名産の黒糖焼酎「瀬戸乃灘」で祝杯をあげ、お母さん作の『豚の角煮』にトライである!

覚悟を決めて一口目。
予想に反して?なかなかイケる味である、少々しっかりした歯応えではあるが。

ここで空かさず正直に、
「なーんだS也、お母さんは料理が下手だ下手だって言うから恐る恐る食べたけど、ちゃんと食べられるじゃないか。美味しいよ。」
という失礼半分称賛半分の私のコメントに、お父さん以下4名揃って失笑。

お母さんを除く皆さんのご意見によると、「親戚の伯母さん達が作ると、もっとずっと柔らかくて、口に入れるとトロけるようなのだ」とのこと。

しかし、お母さんは笑いながら「そんなことないよ。同じだよ。」と完全否定!

私には良く分からないが、家族全員が実感していることに、お母さんだけは気付いていない。
ここに重大な問題があるのかもしれない、と居候は思うのであった(笑)。


とにかく、初めて飲んだ「オリオンビール」は瑞瑞しい(水っぽいとも言うらしいが)し、「黒糖焼酎」はとても美味しく、遠慮無しにだいぶご馳走になりテンション<#UP>、

ここで再び、私の気分はすっかり南方系の奄美んちゅに戻ったのだ。
もちろん薄い醤油顔のままで!

by独楽助(携帯から)

 

posted by GS法人 at 18:05 | Comment(1) | 奄美大島

2013年11月15日

奄美大島(8の2)

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そして、お父さんは物静かな、しかし一徹そうな方であった。


後でS也に聞いたところによると、お父さんは昔「瀬戸内町の上原謙」と言われ、イケメンで有名だったそうだ。
また、街の人から 「貴方はまたなんで、あの奥さんと結婚してしまったのですか?」と何度も聞かれたことがあるとのこと。

これこそ大きなお世話で、まったくもって失礼な話であるが、まあそう聞かずにはいられなかった方の気持ちも良く分かる私であった。(^_^;)


上原謙の息子と言えば、言わずと知れた「加山雄三」と言いたいが、S也は違うのである。

上原謙に丸顔のお母さんが入ると、あら不思議「妻夫木聡」、そう東京ガスのあの兄ちゃんを、目をもっとドロリと切れ長にして、鼻をもっと高くした感じなのである。
早い話、妻夫木聡を鳥にしたような感じである。

このS也は、高校生の頃
「アメリカ」と呼ばれて苛められたことがあるという。

一度で良いからアメリカと言って苛められてみたいなあとつくづく思う私であった。(-.-)

  まだ つづく 予定 
posted by GS法人 at 14:51 | Comment(0) | 奄美大島

2013年11月14日

奄美大島(8の1)

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家では、もうS也の丸顔のお母さんが夕食の用意をしていた。

夕食の前に風呂に入りなさいと言われ、恐縮しながら風呂場へ向かう。

その時に、お姉さんから「遠慮せずに洗濯ものは全部出しておいてネ。」と言われたが、さすがにパンツは出せないなあと思った。

しかし考えてみると、
海水浴中心の予定→ほぼ毎日海パン →パンツほとんど必要なし→旅程11日=パンツ3枚あれば充分!
といったいい加減な装備だったので、早くもパンツがピンチなのだ。

そこで背に腹は代えられず、心を鬼にし勇気をもってパンツも遠慮なく洗ってもらうことに決めた。
そうだどうせS也のパンツも洗うのだ、この際ご厚意に甘えてしまおう。


風呂から上がり、くつろいでいると、海運会社に勤めるS也のお父さんが帰ってきた。

 お土産は、あとから来るT彦がもって来る段取りになっていたので、私は空っ手ぶらである。
少し、気が引けながらも、ちゃんと挨拶をし、もちろん空かさず顔を見ると、ん〜なるほどやっぱり良い男である。

何処かで見たことがあるような、ハッキリした顔立ちであるが、南方のクドさがない(奄美んちゅの皆さんさん御免なさい)、涼やかで綺麗な顔なのだ。

急に、以前聞いた「奄美大島の平家落人伝説」を思い出した。S也の先祖は?
まさか平家か?

いやいや、平家はこの際どうでもいい、とにかく、お父さんのDNAがお母さんにうち勝って、S也が生まれたのである。これは紛うかたなき真実なのだ。

    つづく

by独楽助(携帯から)  
posted by GS法人 at 18:43 | Comment(1) | 奄美大島

2013年11月05日

奄美大島(7) 

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真っ黒に日焼けして、目をキラキラ輝かした大勢の子供たちと別れ、再び古仁屋のメインストリートを歩く。

少し行くと、また姉弟の知り合いの人と遭遇し、挨拶をしていると、その人が私に向かい『あんた、本土の人でしょ』と語りかけてきた。
S也の友人で、東京(本当は埼玉県だが分かりやすい所で)から来て、彼の家にやっかいになっていることを説明し、ひとしきり世間話をした。

その人が立ち去ったあとS也に「なんであの人、俺が本土の人間だって分かったんだろう?」と聞くと、

すかさずS也曰く「そりゃあすぐに分かるだろう。島の人間は、みな目がパッチリした二重で、睫毛が長くて上向きにしっかりカールしてるだろう。お前の顔を見ればすぐに分かるさ!」
成る程言われてみれば、お説ごモットモである。
我ながら、関東人の中でも強い醤油顔の私、確かに奄美の人には見えないのである。悲しいが、納得なのである。

さっきまで我々を取り囲んでいた子供達も皆、デッカイ目玉を輝かせて、本当に可愛い南方顔なのである。
そうなのだ、奄美が本土と違うのは、生い茂る木々の自然だけではないのだ。
明らかに「顔」も違うのだ! 顔も南方系なのだ。
私も、気分はもう完全に南方系になっていたのだが、肝心な顔は、残念ながら「醤油」のままなのであった。(-.-)


その頃には、日も傾いてきたので、そろそろS也の家にもどることにした。

帰りながら私は心の中で「ということは、S也め、前からずっと俺のことを、顔の薄い奴だと思ってたんだな、このやろうメ」とつぶやきながら、トボトボと歩いた。 

家に帰ると、あのお母さんが優しく出迎えてくれた。


ボチボチ書く  予定!

by 独楽助
posted by GS法人 at 20:24 | Comment(0) | 奄美大島

奄美大島(6)

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S也の家から少し歩くと、すぐに海が見え、小ぶりなフェリーや漁船の泊まっている港も見える。

町のメンストリートを歩くと、S也姉弟の知り合いがつぎつぎと挨拶して声を掛けてくる。

町の人が皆知り合いで、まるで仲の良い親戚同士のようだ。

小さな子供達は尚更で、家の近くを歩いている時などは、まったく遠慮など無しにすぐにまとわり付いてきて「S也兄(にい)いつ帰ってきた?」「家のお兄は帰ってこないヨ」などと周りを取り囲まれてしまう。

少なくとも、関東地方の近所付き合いとはかなり異質で、微笑ましく嬉しい感じであった。

東京ではクールなイケメンで通しているS也も、ここでは子供達の只の兄(にい)である。

奄美大島は、清国や琉球、日本の間に位置し、そして時には厳しい自然環境の中で、住人同士が力を合わせ仲良く生活する形になったのだろうと思い、一人感慨深く納得する居候のわたしであった。


また、子供達の遊ぶ場所は限られていて、夏は特に海で泳ぐことが多く、その時に幼児達の面倒をみて、泳ぎを教えたりするのは年上の子供達だ、日々接することにより密接な人間関係が出来上がるのだろう。ある意味、昔の人間関係が本土よりは強く残っているのだろう。

また、1つびっくりしたことがある。
それは、運動神経がお世辞にも良いとは言えないS也に、「おまえはどの位泳げるんだ?」と聞くと、帰ってきた答えは「泳いでいろと言われれば、半日ぐらいは泳いでいられる。」というものだった。

私も、父の鮎釣りのお供でよく行っていた千曲川で泳ぎを覚えたので、ある意味野性児(笑)、まあまあ泳ぎには自信があったが、
予想していたのは100mを何秒でとか、1q、2q泳げるという返事であった。

距離でも、スピードでもなく、半日という長い時間の答えが帰ってきたことに驚き、非常に印象的だったのを覚えている。


  まだ つづく 予定 



※ 中学2年生まで、作文・感想文は姉に書いてもらっていた(-_-;)私メの拙文にお付き合い頂き、本当に有り難うございますm(_ _)m
posted by GS法人 at 12:50 | Comment(0) | 奄美大島
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